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☆今ここにある奇跡の光と共に☆ 花を贈るような気持ちで、日々の出来事や感動体験、映画『夢みる望遠鏡』のことなど、色んなことを綴ります♪


by 幸村みよ
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<   2009年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧


神と仏の組織図


先日友人から届いたメールの中に、大天使ミカエルと
鞍馬の毘沙門天は同じだということが書かれていて、
そのことがずっと気になっていました。

ミカエルは天使の中でも特に親しみを感じるし、
鞍馬はお気に入りのスポットです。


鞍馬

 鞍馬山「霊宝殿」前より
 洛北の山々を望む
 (2007年11月下旬撮影)


鞍馬はここ10数年間で6回訪ねたことがあり、
そのうちの4回は2007年でした。
5月のウエサク祭に始まり、
8月、10月、11月と続けて足を運んだので、
とても縁のある年だったようです。

そして、その11月に、
はじめて霊宝殿(鞍馬山博物館) に入り、
毘沙門天像と対面したのです。

その威厳ある姿、像から発せられるパワーの凄さ。
というか、展示されている空間そのものが、
ほかとまったく違うのです。
ずっといると、現実が遠のいていく感じでした。
まるでそこに本当の神がいるような…。

そういえば、かつて満月の瞑想会に参加していたとき、
突然、強烈なミカエルのエネルギー(光)が
目の前にやってきたことがありました。
ほんの一瞬でしたが(10秒あるかないか)、
目を閉じているのにめちゃくちゃ眩しくなり、
最初はただ驚きました。
それが感動に変わり、次に感謝に変わって。
胸がいっぱいになる体験でした。
本当にミカエル? と思われるかもしれませんが、
ある根拠に基づき、私はそう信じています。
その根拠とは実にシンプルなのですが、
ここではとりあえず内緒にしておきます(^^)

何が言いたいのかというと、
大天使ミカエルと鞍馬の毘沙門天、
両者にエネルギー的な共通性を感じるのです。
思い出してみると、確かにそうなんです。
なんだか、とてもワクワクする発見です!

ミカエルと毘沙門天が仮に同じだとすると、
ほかの神々や天使、仏様はどうなの?
ということになりますね。

そこで、新たに意識を切り替えて、
中川昌蔵氏の著書『左脳と右脳の複合経営』に
書かれている「神と仏の組織図」を
じっくり見てみると、パズルがはまるように、
スコンとはまりだしたんです、これが!

天津神は宇宙神で、国津神は如来・菩薩、とかね。

この夏、神仏混合の聖地・熊野三山をめぐり、
肌で感じてきたことからも、納得している自分がいます。


「神仏の世界は宇宙の立法、行政など大経綸を行う所で、
宗教の世界ではなく、また人間が勝手なお願いをする所ではない」

中川氏はそういうことも書いています。

神仏の世界を探求する上で、
ひとつの道しるべになりそうな、
ひじょうに興味深い内容です。


というわけで、
今日はその箇所を紹介させていただきます。


以下、『左脳と右脳の複合経営』より抜粋


■神と仏の組織図

偉大な天地創造主は宇宙空間に星辰、天地、山海、大地、鉱物、植物、動物、人間を創られました。これらの森羅万象は別々に或いは単独にまた、偶然に存在するものではありません。精緻なゴブラン織や華麗な西陣織のように、細かい思考と計算の末に縦糸と横糸が創られ、精密に織り上げた如く、すべての無機物、有機物、生命体とエネルギーが相互に調和と協調を保ちつつ、宇宙、自然界の秩序とバランスを維持し、すべての生命を永遠に生かし続けています。このような大宇宙の経綸を創造主に代行して行うのが神仏の使命であります。宇宙の運営は大自然の法則に従って運行されます。自然の法則に順応しなかったものは、すべて自然界から淘汰されました。また、風雨寒暑など気象条件や地震、噴火など天災現象も多分に神仏が支配しています。

銀河宇宙の最高のリーダーのお名前をエルランティと申します。その下に補佐官としてミカエルがおられます。如来は数百名おられ、エルランティ、ミカエルの命によって宇宙の最高議決機関を作り、宇宙の政策決定、未来計画、緊急対策など主として立法府的な仕事をしておられます。菩薩は約20万名おられ、如来の命を諸天善神に伝え、またこれを指導しておられます。諸天善神は数百万名おられ、神界、霊界、幽界の行政官であり、指導官であります。

また、神界では人類の育成に力を入れており、七大天使のラグエルが律法、ウリエルが政治経済、ガブリエルが通信伝達、パヌエルが科学、サリエルが医学、薬学、ラファエルが学術、芸術を担当しています。そして自分が肉体を持って地上へ現れたり、指導霊を派遣して指導育成にあたっておられます。

ルシエル天使は神に反逆して天上界を追放され、現在は魔界の帝王として君臨しています。

人間は誰でも努力、精進次第で仏までなれるようになっています。如来、菩薩、諸天善神はすべて元人間で、これを人格神といい、エルランティ、ミカエル、七大天使を宇宙神といいます。

日本神道では宇宙神を天津神(あまつかみ)、如来、菩薩を国津神(くにつかみ)、諸天善神を八百万神(やおよろずのかみ)と申します。


神の組織図


 ← クリックで拡大します!



如来のアモン様は3000年前エジプトに現れた大聖者で、ギリシアではアミー、キリスト教でアーメン、仏教で阿弥陀仏と呼ばれていますが同一人物です。日本で南無阿弥陀仏というのは、アモン大聖者の教えに帰依するという意味です。このように仏教もキリスト教も元は一つです。キリスト教、仏教、イスラム教など人間が勝手に作り多くの派閥に別れて相争っていますが、天上界では一つのものであります。これを万教帰一と申します。

神仏の世界は宇宙の立法、行政など大経綸を行う所で、宗教の世界ではなく、また人間が勝手なお願いをする所ではありません。人間と神とは波動が異なりますので、人間の祈りが神に届くことはありません。

真の神仏と人間は直接コンタクトできませんので、仲介役として守護霊がおられます。私たちの祈りは守護霊を通じてのみ上級の神に達することが可能です。

(後略)

※現在、各国の心理学者はハイアーセルフという表現で守護霊を認識しています。守護霊は仏教の言葉であり、キリスト教では聖霊と呼んでいます。




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by angelgarden33 | 2009-09-29 01:03 | スピリチュアル

播磨灘の夕日



夕日















播磨灘に沈む夕日です♪(午後5時半頃 / 淡路島西浦)

高速バスの車中から撮影したので、
あまりうまく撮れなかったのですが…。

海にできた一本の長~い太陽の光の道が、
それはそれは、鮮やかでした!!


秋分からまだ二日しか経ってないから、
太陽が沈んでいる方向は、
ほぼ真西、ってことですね。

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by angelgarden33 | 2009-09-25 23:55 | 季節感

悟りとは…?


本日(9月23日)は秋分の日。
太陽が真東から昇って真西に沈み、
昼と夜の長さがほぼ同じになる日です。
そしてお彼岸の中日でもありますね。

このお彼岸という仏教行事ですが、
仏教の発祥の地であるインドにも、中国にもない
日本オリジナルのものだそうです。

「彼岸」という言葉そのものは、摩訶般若波羅密多心経の
「パーラーミッター(波羅密多)」を、迷いの岸(此岸)から、
向こう側の悟りの岸(彼岸)に至る「到彼岸(とうひがん)」と
訳したことに由来するそうです。

お彼岸には「日願(ひがん)」が語源だという説もあります。
仏教伝来以前から存在した太陽信仰が発祥だというのです。
昼と夜の長さが同じ頃を「日願」として、
太陽に豊作を祈ったり、収穫を感謝したのだと。
この「日願」が仏教の「彼岸」と重なったというわけです。


お彼岸について調べていくと、
古代日本人の精神世界が見えてきて、
なかなか面白いですね。


ちなみに、中川昌蔵氏は『左脳と右脳の複合経営』の中で
「摩訶般若波羅密多心経」について

マーハー(摩訶)=偉大な、
パーニア(般若)=次元を超えた英知(スーパーマインド)、
パーラー(波羅)=発見する、
ミッター(密多)=奥に秘められた

という意味だと述べています。

和訳すると「心の奥に秘められた偉大な英知を発見する方法」
ということです。
つまり、般若心経は、誰でも心の奥に持っている
スーパーマインドの存在に気づくよう教えた
心のバイブルなんです!


「悟り」ということについても、
中川氏はわかりやすく説明してくれています。

お彼岸のまっただ中の今、
彼岸=悟りの世界について考えるのに
まさにぴったりな気がしますので、
今日は『左脳と右脳の複合経営』の中から
そのことにふれた箇所を紹介いたしますね。


以下、本より抜粋


■禅と瞑想と反省

人間の心は、表面意識(左脳)と潜在意識(右脳)に別れております。全脳力の10分の1が表面意識に属し、潜在意識は10分の9の能力を持っております。表面意識は見える物質世界に対応し、潜在意識は見えないエネルギー、精神、神仏の世界に対応しております。

多くの人は見える世界がすべてであると勘違いして、10分の1の能力であくせくしております。成功する人より失敗する人の方が多いのは、このためです。

禅や瞑想は表面意識の自我、我欲の壁を破って、潜在意識の真我と英知の世界へ入るテクニックです。

次の図は、人間の心を甕(かめ)にたとえたものです。


潜在意識の開発










A図 一般の人の心です。甕の容量の上部10分の1の所に壁があります。この壁は自我とエゴによって作られています。外部の情報の大部分は壁にはね返って奥へ入らず、利用することはできません。この人は持っている情報量の少ないことに気がつかず、「そんなことできるはずがない」「そんなこと信じられない」「非科学的だ」などと言って貴重な情報をはじき出してしまいます。神が用意された英知も真我も利用できず、神仏の力も借りることができません。自己の総力の10分の1の力しか出すことができません。これでは成功することは、むずかしいでしょう。

B図 禅や瞑想、反省によって壁に少し穴があいて、情報も潜在意識に入って保存され、真我や英知を少し利用できるようになります。

C図 すっかり壁が取り除かれ、表面意識と潜在意識が調和、融合して自在に活動します。英知、真我、ヒラメキ、創造力、先見性、包容力などが自由に発揮できます。

D図 人間が悟ったとき自己(甕)がなくなり、英知と真我が拡大し、自己と宇宙意識が一体となります。そして過去、現在、未来を見通す力を持ちます。このとき人間は菩薩となります。

左脳の自我、我欲を完全に静めたとき、右脳の潜在意識の奥にある真我を感得するようです。その時、人間の意識は大自然の意識と融合、一体となり、見るものすべてが黄金色に輝き、心の底から静かに感激、感動、やすらぎの心が満ち満ちてくるそうです。これを悟りと申します。


■自己発見

ほとんどの人はA図のように、表面意識(左脳)に表現された部分を自己と思っております。これは五官(目、耳、鼻、口、皮膚)によって得られた情報と体験のみで形成され、自己中心的自我の部分です。神が作った人間(真我)の9分の1の能力しかありません。その為に多くの人々は死ぬまで苦しみ、悩みの世界を放浪しております。

苦しみの原因は外部にあるのではありません。真の自己を発見して活用しないからです。真の自己とは自己中心でなく、自己以外に価値観を求める右脳の思考と意識です。

大自然の法則と宇宙意識に同調して、愛、奉仕、感謝、共存、調和、素直、謙虚な心で行動することです。

このとき、あなたの意識は神仏の波動と同調して、摩訶般若(マーハー パーニア)の叡智の泉が湧き出して、異次元からテレパシー(神仏のメッセージ)を受け、神の子にふさわしい人間を超えた能力を持った真の自己を発見するでしょう。



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by angelgarden33 | 2009-09-24 00:31 | スピリチュアル


那智山・早朝の空1

















那智山・早朝の空2















熊野三山めぐり二日目。

那智山の早朝の空の写真です。

創造的でドラマティックで、
たくさんのワクワクに出会える今日を
予感させてくれるような空に、思えませんか?

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by angelgarden33 | 2009-09-15 22:58 | 神社探訪

☆ 二日目(8/27)<その2>


飛瀧神社入口















那智の滝(飛瀧神社)入口

鳥居をくぐり、石段を下ると、
いよいよ落差133メートル、
日本一のスケールで流れ落ちる
那智の滝とご対面です。

飛瀧(ひろう)神社那智の滝
「大巳貴神」の御神体として祀っています。



那智の滝1















「天地を結ぶ白神」と称される那智の滝。

間近で見る大滝は、ものすごい迫力です。
しかも、優雅で、美しく、神々しい!

熊野那智大社は、この大滝を神とする
自然崇拝から起こった社だといわれています。

滝もとには飛瀧神社が鎮座。
神社といっても本殿も拝殿もなく、
滝を直接拝む形になっています。



那智の滝2















お滝拝所入口には延命長寿の
霊験あらたかなご神水があります。

ありがたくいただきました!!



那智の滝3















滝壷の見下ろせるお滝拝所まで行くと、
風で運ばれてきた水の飛沫が
身体に降り注いできます。

マイナスイオンをたっぷり含んだ空気に包まれて、
身体も気持ちもどんどん洗われてゆきます。

大量の水が流れ落ち続ける滝。
生きている地球を実感する、
この大自然の光景は、
ずっと見ていても全然飽きません。

地球そのものからも力強いパワーを
いただいたような気がします。

生きることは変化すること。
永遠とは絶え間ない変化の連続である。

那智の滝を見つめていたら、
そんな言葉が浮かんできました。

滝の流れの中では、
あらゆる瞬間が新しいのです。

途切れない継続性を神と呼ぶなら、
神は確かにここにいる、と思いました。



那智の滝4















那智の滝の水量は毎秒1トン程だとか。



光ヶ峰遥拝石















光ヶ峰遥拝石

飛瀧神社の参道石段を下り終えたところにあった石です。
ちょっと気になったので写真に撮りました。

ちなみに「光ヶ峰」というのは那智山のひとつ。
那智山とは、大雲取山、烏帽子山、光ヶ峰、妙法山を
総称した呼び名だということです。



飛瀧神社・石段















飛瀧神社の参道石段

石段を上ると、入口の鳥居に戻ります。



那智の滝・遠景2






那智の滝の遠景

左は、那智山青岸渡寺・三重塔の下ぐらいから
右は、宿の部屋の窓から撮影した那智の滝です。



橋杭岩












熊野三山めぐりの旅、
行きは山中を通ってきたので、
帰りは気分を変えて
海岸ルートを通りました。

その途中、一直線に連なる奇妙な岩を発見!
それがこの橋杭岩(和歌山県串本町)。

海岸から大島に向かい約850mもの長さで
大小約40の奇岩が立ち並んでいます。

別世界の光景を見ているようで、
不思議な気持ちになりました。



めっけもん広場















帰る途中、
JAの農産物直売所として
日本一の売り上げを誇る
和歌山県紀の川市の「めっけもん広場」
立ち寄って、見学&お買い物。

平日の午後3時ぐらいに入店しましたが、
そんな時間帯でも、多くのお客さんで
マーケットの中は賑わっていました。

並んでいる野菜や果物などを見ていると、
その理由がよくわかりました。

とにかく新鮮で、安心感があって、
値段もお買い得!なのです。

で、果物を中心にいろいろ買って帰りました。

とくに和歌山産の旬の大粒系ぶどう!
帰ってから食べたときの、
豊潤な味と香り、忘れられません!
最高においしかったです♪


   ☆ ☆ ☆


熊野三山めぐりの旅のアルバム(報告)はこれで終了。

行ったのはたった二日間だけでしたが、
その間に何回、浄化・再生が繰り返されたことか!

熊野のパワーは凄すぎますね(笑)

豊かな自然と素直に向き合うことで、
ピュアな自分を取り戻し、
より本質的な自分を生きる力を
内側から湧き上がらせてくれる。
それが、黄泉がえりの地・熊野の
最大の魅力なのだと思います。

人は何度でも生まれ変わることができます!
自分の思い次第で!!


今回は古道を歩く時間がなかったので、
次回はゆっくりと歩いてみようかな。

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by angelgarden33 | 2009-09-13 17:12 | 神社探訪

☆ 二日目(8/27)<その1>


那智山の朝日















那智山から見た朝日(5時57分)


山から太陽が昇り出すその瞬間を
熊野那智大社近くの見晴らしの良い場所から
じっくりと眺めることができました。
早起きして、宿の朝食を食べる前に、
出かけた甲斐がありました(^^)

このとき、あることを思い出しました。
ふるさと淡路島の伊弉諾神宮の境内で見た
「陽の道しるべ」(日時計)です。

「陽の道しるべ」には、伊弉諾神宮を中心にして、
熊野那智大社・那智の滝は、冬至の日の出の方向に
位置することが記されていました。

熊野那智大社・那智の滝は、伊弉諾神宮と
深いご縁で結ばれた聖地なのです。

☆「陽の道しるべ」に関しては、
 2008年2月20日付の日記で紹介しています。
  ↓  ↓  ↓
 http://www.h5.dion.ne.jp/~muumuu/diary0802.html

那智の日の出を見ようと、とくに
計画していたわけではありません。

とすれば、見えない力(八咫烏?)に導かれて、
ここへ連れて来られたということ、かな。



熊野那智大社1












熊野那智大社・一の鳥居


今回の熊野への旅で、
神様に呼ばれたと直感したのは、一日目、
熊野本宮大社まであと20数キロという地点で、
突然激しい雨が降ってきたときです。
禊ぎの雨に迎えられたのだと思いました。

熊野での一日目は、ほとんど曇り空で、
時折雨が降る、そんな天気でした。
でも、神社に着くと、常に雨は止んでいて、
スムーズに参拝できたのです。
(もともと晴れ女なので、
そういうことは多いのですが…)

そして、二日目はこの上ない快晴!!
太陽が思いきり顔を見せてくれました。

あれ? これと同じような天気の流れって、
前にもあったような…。

それは9年前、一泊二日で出雲大社を訪ねる
山陰の旅に出かけたときです。

一日目は曇り時々雨。
いよいよ出雲大社に参拝する二日目は、
見るものすべてがクリアに輝いて見える、
みごとな晴天に恵まれました。

自然現象は神からのサインですから、
やはり呼ばれたということでしょう。
そういうことです、きっと。
光栄です、神様!!



熊野那智大社2












生まれたての陽の光を浴びて輝く、
熊野那智大社の拝殿。

まだ人気のない早朝の境内は、
清浄な空気に包まれていました。
最高に気持ちよかったです!!



熊野那智大社3












熊野那智大社は熊野夫須美大神を中心に、
国づくりにご縁の深い十二柱の神々を祀っています。

熊野に夏の訪れを告げるお祭り、
那智の火祭り(扇祭り)は毎年7月14日、
熊野那智大社と那智の滝の神前で行われます。



熊野那智大社4












推定樹齢約800年の那智の樟(くす)



熊野那智大社5












那智の樟の説明板



熊野那智大社6












この樟は、根幹部が空洞化していて、
なんと通り抜けることができるのです!!

願いごとと名前を書いた「護摩木」を持ち、
胎内くぐりをしてきました。
その護摩木を出口にある護摩舎に納めると、
焚き上げ祈願をしてくれます。

樟の胎内は思ったよりも広く感じられました。
生命力に満ちた樟の内部ですから、
本当に母の胎内にいるような、
温もりのある深いやすらぎに包まれました。

短いハシゴを上って、胎内から胎外へ。

新しい私、こんにちは!

生まれ変わり無事完了! です。



熊野那智大社7












胎内くぐりの説明板



青岸渡寺1












熊野那智大社のすぐ隣にある
天台宗の寺院、那智山青岸渡寺。

那智山青岸渡寺は古くは如意輪堂と呼ばれ、
熊野那智大社と一体の寺院として発展し、
西国三十三カ所の第一番札所となっています。



青岸渡寺2















朱塗りが美しい那智山青岸渡寺の三重塔。


☆青岸渡寺を見学していたとき、
 デジカメの充電が切れてしまい、
 また携帯も持たず来てしまったので、
 ここでの写真はあまり撮れませんでした (;_;)
 その変わり、その美しい景観を、
 この目にしっかり焼きつけてきました (^^)v


さて、このあといったん宿に戻り、
おいしい朝食をいただきました。

そして、宿をチェックアウトしたあと、
いよいよ旅のハイライト、那智の滝へと向かいます。


(続く)

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by angelgarden33 | 2009-09-10 22:33 | 神社探訪

☆ 一日目(8/26)<その2>


熊野速玉大社1












大斎原の次に訪ねたのが
新宮市にある 熊野速玉大社

熊野速玉大神・熊野夫須美大神を主神に、
十二柱の神々を祀っています。

この神々は、もともとは
神倉山の磐座に祀られていましたが、
のちに現在地に遷されました。
そのため神倉山の「元宮」に対し、
ここを「新宮」と呼ぶようになり、
それが市の名称にもなったということです。



熊野速玉大社2












神門をくぐり中に入ると、
壮麗な朱塗りの熊野造りの社殿が
目の前に広がります。



熊野速玉大社3












熊野速玉大社の境内には、
平重盛の手植えと伝えられる
国の天然記念物のなぎの大木があります。



熊野速玉大社4















なぎの木の説明板



熊野速玉大社5












熊野速玉大社の手水舎の龍。
象のような長~い鼻が目を引きます。



花の窟神社1












熊野速玉大社から神倉神社までは
車で5分程の距離ですが、
神倉神社は後で訪ねることにして、
先に向かったのは、
三重県熊野市にある花の窟神社。


花の窟神社は、国産みの神話に登場する
イザナミノミコトの葬地という伝承を持ちます。
社殿はなく、高さ約45mの巨岩を御神体として祀る、
古い信仰形態を残しています。

花の窟の名は、季節の花々で神を
お祀りしたことに由来すると言われています。


国産みの神話ゆかりの淡路島育ちの私。
イザナミノミコトとはご縁があるので、
この花の窟神社は前々から
すごく気になっていたのです。
やっと、来ることができました!!



花の窟神社2












多くの神々を生んだイザナミノミコトは、
最後に火神・カグツチノミコトを生み落とし、
陰部を焼かれて亡くなってしまいますが、
そのイザナミノミコトを葬った墓所が
ここ花の窟だとされています。



花の窟神社3












花の窟神社は、高さ約45mのこの窟がご神体。


ところで、
花の窟神社の神域に入ったとたん、
身体がクラクラして、最初から最後まで
揺らめきながら歩いていました。

この場所が持っている
浄化のエネルギーはすごいです!

身体は正直だから、
すぐに反応してしまうのですね。

ここはまさにパワースポットです!!



花の窟神社4












花の窟神社の境内にあった高さ1m余りの丸石。
熊野には丸石に神様が鎮まっているという
丸石信仰が伝わっています。



神倉神社1












再び新宮市へ。

神倉山の中腹にある巨大な岩を
ご神体とする神倉神社の入口に到着です。



神倉神社2















神倉神社の説明板



神倉神社3












神倉神社に参拝するには、
源頼朝が寄進したと伝えられる、
急勾配の鎌倉積みの石段を
登っていかなければなりません。
全部で538段あります。

写真は階段の上から下を撮ったもの。
この急な石段を登り切ったときの達成感。
それはもう格別でした!

ちなみに帰りは、女坂という登ってきた
石段よりやや緩やかな(でも急な山道です!)
わき道を通って下ってきました。
木の根っこが出ていたりして、
慎重に歩かなければなりませんが、
行きよりラクだったので助かりました(^^)



神倉神社4












ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩を
ご神体とする神倉神社は、
花の窟神社とともに熊野における
自然信仰(巨岩信仰・磐座信仰)の姿を
今日に伝えています。



神倉神社5












神倉神社からは、
新宮市街地および熊野灘が一望できます。
すばらしい景色です!


(続く)

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by angelgarden33 | 2009-09-08 00:25 | 神社探訪

☆ 一日目(8/26)<その1>


高山寺















今回の旅でまず最初に訪れたのが、
田辺の市街地を一望できる
高台に立つ真言宗のお寺、高山寺

海の見える墓地には、世界的博物学者南方熊楠
合気道の創始者植芝盛平 のお墓があります。
両人のお墓参りをしました。


高山寺の境内の台地には、
縄文時代早期の貝塚が三ヶ所あり、
高山寺貝塚として国の史跡に指定されています。
(※縄文時代早期=約12000~7000年前)

当時は 縄文海進で、海面が現在より上昇していました。
それで貝塚が内陸部に残っているのです。
(詳しくは コチラ をクリック!)

上の写真は江戸時代建立の多宝塔です。



熊野本宮大社1












熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、
熊野那智大社の三つの神社の総称です。

その熊野三山の中心がここ熊野本宮大社

古くは「熊野坐(くまのにます)神社」という名で
呼ばれていたそうです。



熊野本宮大社2















熊野本宮大社・参道



熊野本宮大社4












神門をくぐると、檜皮葺きの社殿が3棟建ち並んでいます。
向かって左から第一殿・第二殿の相殿、第三殿、第四殿。



熊野本宮大社3












中央にある第三殿。ここが本社です。
主神の家津美御子大神を祀っています。



熊野本宮大社5












熊野本宮大社・拝殿



熊野本宮大社7






拝殿の前、左右に置かれた八咫烏の石碑。

八咫烏とは、日本神話の中で、神武東征の際に、
天照大神から神武天皇のもとに遣わされ、
熊野から大和への道案内をしたとされる
三本足の大きなカラスです。
日本サッカー協会のシンボルマークとして有名ですね。
「熊野三山」では八咫烏を神の使いとしています。



熊野本宮大社9






拝殿の前には、こんな石も!
「大黒石」と「亀石」。
気になりますが、由来はよくわかりません…。



大斎原1












熊野本宮大社から徒歩5分のところにある
大斎原(おおゆのはら)の大鳥居。

大斎原は、明治22年(1889年)の大洪水まで鎮座した
熊野本宮大社の旧社地です。



大斎原2















大斎原へと続く参道です。
実に清々しい気が満ちていました。

明治22年に大水害が起こるまでは、
熊野巡礼者が目指したのはここ大斎原でした。

流失を逃れた上四社のみ遷宮し、
中・下四社は石祠で旧社地にあります。

社殿が一瞬にして流されるほどの大水害は、
熊野川上流の十津川での明治維新後の
急激な森林伐採が原因と言われています。



大斎原3












大斎原近くの田んぼ風景。
早くも稲刈りが終わっています。

和歌山では台風の被害を最小限にするため、
台風シーズンが来る前に収穫を終える農家が多いようです。



熊野川












緑豊かな山あいを縫うように流れる熊野川。


(続く)

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by angelgarden33 | 2009-09-05 00:06 | 神社探訪