Miyo's blog 『光のワルツ』 miyogarden.exblog.jp

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☆今ここにある奇跡の光と共に☆ 花を贈るような気持ちで、日々の出来事や感動体験、映画『夢みる望遠鏡』のことなど、色んなことを綴ります♪


by 幸村みよ
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<   2009年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧



淡路市(淡路島)黒谷の垣内(かいと)遺跡で、
鍛冶工房跡計10棟が確認され、
弥生時代後期で国内最大規模の
鉄器製造群落だったことが分かったそうです。
当時、淡路島は鉄器の一大産地だったみたいですね!
夕方のニュースで聞いてびっくりしました。

隠れていた歴史に光があたり、
その輪郭が見え出してくるときって、
なんか、ドキドキしますね。

さて、この遺跡の玉手箱は、
現代の私たちに、どんな新たな物語を
語ってくれるのでしょうか…。


<参考記事>
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090123k0000m040066000c.html




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by angelgarden33 | 2009-01-22 23:08 | 古代遺跡 | Comments(0)

「脳」って何?(5)


幻想を引き起こすドラッグを摂取したとき、
脳におよぼす害とは…?


以下、『ラムサ - 真・聖なる預言』から
「脳」について書かれた箇所の抜粋です。


●限りなく「知る状態」を自分の存在の主=神のレベルから望むなら、すべての想念が身体でフルに体験されるよう、余計な価値判断で変質させられることなく脳意識の中に入るのを認めてやらなければならない。変性自我によるこの意識的な許容は、あなたの望みを真実として受け容れるはたらきをし、それを通して脳下垂体は脳の新たな部分を活動させ、それが限りない叡智を受け取るようにする。



●思考過程が価値判断や変質した思考などにとらわれる度合いが低いほど、超意識の想念が脳の受信器官に入りやすくなるのだ。



●自分の体験を限定したり価値判断を下したりしなければ、そのたびにあなたは、日常の存在を越えた限りない想念を受け取る脳の活動を認めているのである。



●害をおよぼすもの、害をおよぼすと自分が知っているものは、けっして体内に入れてはならない。とにかく何でも脳への酸素の流れを不足させるものは、脳細胞を多量に死滅させる。脳細胞はけっして戻らない。脳は細胞を再生する能力がないからだ。脳細胞が破壊されると、思考を身体で実感する感情に変換する能力が落ちてしまう。想念に思いをめぐらすことはできても、それはあなたにとっては存在しないのと同じになってしまうのだ。そうすると、よろこびが消える。フィーリングを通じて想念そのものになることなしに、いったいどうしてその想念によろこびを感じられるというのか。



●感じることができないと、この次元での「知る状態」を刻み込むことができない。これが、幻想を引き起こすドラッグを摂取したときに自分の脳におよぼしている害なのだ。こういうものを摂取するたびに、それは脳から酸素を取り去ってしまう。あなたが感じている「ハイ」と呼ぶ状態は、脳が死んでいくことによって引き起こされているものなのだ。ドラッグを使うたびに、あなたは自分の知る能力を制限していく。そして、いずれはあなたが泣くことも笑うこともできなくなるときが来る。自分の存在の内に、もはや感情をつくり出すほど強いものが何もなくなってしまうからだ。



●自分の脳を直ちにすべて活動させたいという無理な望みをしてはいけない、想念をひとつずつ、体験をひとつずつ重ねながら脳を開いていき、それぞれの想念があなたの内で固まっていくようにするのだ。
何よりも大切なのは、自分を在るがままにさせてあげることだ。ただ在ることによって、あなたはすべてであるからだ。単に自分の「在るということ」そのもの、「我は在る」という本質であるとき、あなたは生命全体と同じ線上に並んでいる。そのときのあなたは、人間としての断絶した自分を、神とひとつである自分へと変容させたのである。




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by angelgarden33 | 2009-01-22 00:40 | スピリチュアル

「脳」って何?(4)


自分を愛すれば愛するほど、
脳は開いていく…。


以下、『ラムサ - 真・聖なる預言』から
「脳」について書かれた箇所の抜粋です。


●無限の状態に戻り、よろこびと存在の自由を体験するためには、あなたは自分をひとつにしているものに再びならなくてはいけない。身体というやっかいな荷物があるので、それになるただひとつの道は、第七のチャクラである脳下垂体をフルに活動させ、社会意識をほんの少しだけ越えたところにある限りなき思考を脳が受け取れるようにすることである。それが、自分の「知っている状態」を限りない神の叡智へと広げる方法なのだ。神の叡智とは、その存在そのものであり、在るがままでその存在を許し、愛しているもののことであり、つまるところ、それは思考の総体なのである。



●では、この小さなすばらしい分泌腺(脳下垂体)に、そのホルモンの流れを使って脳の眠っている部分を目覚めさせるには、いったいどうすればいいのだろうか。それは、単に望むことを通じてなのだ。キリストになるということは、父なるものを知りたいと望み、神のようになるのを望むことだ。すべての想念が、自己の現実となるのを許すことを願うことだ。あらゆる瞬間、自分がなってきたものすべてを愛おしみたいという望みなのである。自分そのままの「在るということ」になりたいという望みなのだ。



●自分を本当に愛し、自分は神をそのまますべて受け容れるに値するのだと感じられるとき、そして自分が父とひとつであることを知りたいと望むとき、あなたは一輪のすばらしい花として咲き始める。それが、脳の能力を解放し、神の心にあるすべての思考の価値観を受け取る道なのだ。知りたいと願うこと、その「知っている状態」で感じるすべての感情を感じたいと望むことによってである。



●あなたの存在の主とは魂のことだが、それは感情体系を用いて身体を司っている。ホルモンの流れを分泌するよう脳下垂体に指示が出るのは魂からなのだ。



●限りない思考を受け取りたいと、自分の存在の主=神のレベルから望むとき、その望みが満たされるという想念は、魂の内で感じられ、身体に投影されて表出し、脳下垂体を刺激するため、それが開き始める。脳下垂体が開くと、松果体を通るホルモンの流れが増え、眠っている心を目覚めさせるのだ。脳の別の部分を開放し、レベルの高い、より高度な思考の波動を全身で体験することを可能にするのである。



●レベルの高い波動の想念が入ってくると、それは脳の目覚めている部分を通るように導かれる。後頭部にある松果体が、この高い波動を受け取り、肥大し始める。このため、頭痛を起こしたり、少しめまいがしたり、何となく頭が軽くなったような感じを与えることがある。この波動は、次に強力な電流へと変換され、中枢神経系を通って、あなたの身体の一つひとつの細胞へと送られる。これが、体中がしびれるような感じや、ぴりぴりしたり、持ち上げられるような感じを起こす。その波動は細胞一つひとつを刺激し、その振動する速度を高める。限界のない想念を受け取れば受け取るほど、身体はさらに大きく振動し、あなたはだんだん光を発するようになってくる。それは、あなたが身体を固体の密度から光へと逆行させ始めたからなのだ。



●波動の高い思考が完全に理解されると、それは智慧として魂に記録される。智慧とは、その知っている状態があなたの内面で絶対的なものとして固まったことを意味している。智慧は魂の波動レベルを高め、次にそれが、魂の高次の感情の状態に人生全体を合わせていくはたらきをするが、同時に脳下垂体をあらためて刺激し、それよりもさらに偉大な、高い波動の思考を脳が受け取ることを可能にしていく。



●脳下垂体が開花し始めるにつれて、これまではとても可能だとは思えなかったような形で、人生が変わってくる。考えることはすべて、深い感情とともに感じられるようになる。自分の内面にある「知っている状態」が、創造的な形体へと変容するにつれて、想念がどんどん早く具象化するのを目にするようになってくる。愛、理解、そして慈しみの心が強くなる。そして、ある人々は自分の人生から消えていく。それは、あなたが違うレベルの叡智に到達したからだ。だが、そのかわりに、似かよった考え方の人たちが自分のもとに引き寄せられるようになる。



●限りなくあることを望めば望むほど、そしてそこからやってくる想念を抱き、感じれば感じるほど、脳下垂体はさらに多くのホルモンを分泌し、その口状部は広がっていく。自分をそのまま愛したい、そして「知っている状態」で生きたいと望むほどに、あなたの存在を包む神によって脳がどんどん開かれていくのである。さらに大きく、さらに大きく開いていくのだ。するとあなたは、自分の身体以上の存在となる。自分をひとつにしているもの、そのものになるのである。



●やがて、脳下垂体全体が満開となり、脳のすべてが活動するようになる。すると、脳下垂体の内面にあった精神的なものは、すべて心の全体に与えられ、心はもう二度と以前の限られた状態に戻ることはなくなる。花が咲きはじめると、それが閉じることはけっしてない。これからもずっと開いているのだ。



●脳がすべて活動すると、現実の中に占めるあなたの位置が定かでなくなってくる。そのため、この場所にいても、同時に第七のレベルにいることもできるようになる。第七のレベルにいながら、プレアデス星にいることもできる。プレアデス星にいながらも、友のそばにいることもできるのだ。



●脳下垂体が満開になると、あなたはもはや死ぬことはない。老いることもない。身体はあなたが命じるとおりのことをするようになる。身体に振動の速度を上げるように命じれば、それは別の次元に上っていく。ことほどさように、あなたの脳は強力なのだ。



<続く>




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by angelgarden33 | 2009-01-22 00:27 | スピリチュアル

「脳」って何?(3)


脳の全体が使われれば、
自分の身体をどうにでもできるようになるとか…。


以下、『ラムサ - 真・聖なる預言』から
「脳」について書かれた箇所の抜粋です。


●もともと脳は、神の心にあるすべての思考の波動を、その全き「知っている状態」で受け取るようにつくられているが、自分が受け取ることを許す波動だけを受け取る形で活動するようになっている。そして、あなたをひとつの個体としてまとめている神のもとに嵐のようにやってくるすばらしい想念の中で、ほとんどの人は、社会意識という低い波動の想念だけを「知っている状態」として自分の内に受け容れているにすぎない。それは、皆もよく体験してきたように、きわめて限られた狭いものだ。そして、社会意識にしたがって生き、その限定された思考を占めている波動だけで物事を考えると、脳の中で活動するのは、大脳の上左部と右部、それに脊椎の上に位置する小脳の下部の一部分だけになる。脳のほとんどは休眠状態にある。何もしていないのだ! それは、自分の家族、仲間、あるいは社会や教義などの限られた思考に合わない考えは、あなたが自分でそれを論破してしまうからだ。それを除いてしまうのである。言い換えれば、ほかの人間が受け容れてくれる考えだけを思いめぐらし、それを使って物事を考えるというわけである。



●皆は「閉ざされた心」という言葉を持っている。実はそれは、文字どおりそのままの描写だ。社会意識の境界線を越えた思考へと脚を踏み入れるのを拒むとき、脳のある部分が波動の高い思考に対して、文字どおり閉ざされてしまうのである。これは、脳下垂体がその口状部をほんの少ししか開放しないように設定されているからだ。つまりそれは、脳の中でも、社会意識という低い波動を受け容れる部分だけを活動させているのである。



●誰かが天才で、あなたの知らないことを知っているとき、そのたったひとつの理由とは、その人が自分の心を開き、もしこうなったらどうなるとか、突拍子もないような考え、人間の限られた思考を超える輝きを持つ想念に思いをめぐらしたからにすぎない。そういう想念を抱き、それを使って考えることを自分に許したのである。それに対し、あなたはそういうものを拒絶したのだ。それが受け取れないのは、そういう思考を使って考えるのを可能にしてくれる脳の部分をまだ起動させていないからである。それでは、あなたの光の構造(オーラ)に嵐のごとく押し寄せてぶつかってきている無限の叡智、偉大な想念はいったいどうなってしまったのだろうか。それはあなたのレシーバーではね返されて、存在の精神を通って思考の河へと戻されているのだ。



●自分に与えられてきた限られた思考を容認している限り、脳のはるかに多くの部分を起動させて、これまでの存在で毎日直面してきた思考以外のものを受け取り、それを体験することはありえない。



●これまでに自分の基準として容認してきたものよりも偉大な想念をひとつ受け容れるたびに、それは脳の中の別の新しい部分を、明確な目的をもって起動させる。それをするたびに、その偉大なる思考は、あなたの理性をさらに広げていく「手段」としての役割を、その時点から演じてくれるようになる。それが脳のさらに別の部分を起動させ、もっと多くの思考を受け取り、もっと多くを知ることを可能にするのだ。超意識、そして限りない思考を体験したいと望むとき、あなたの脳下垂体は華麗な花が咲くように開き始める。それが開けば開くほど、ホルモンの流れも増え、眠ったままの状態の脳の部分ももっと起動されて、さらに多くの波動の高い思考を受け取ることができるようになるのである。
天才になるというのはとても単純なことなのだ。自分で考えるようになればいいだけなのである。



●脳は、多くの人々を困惑させてきた偉大なる神秘だ。それを取り出しては調べてみるものの、水であるその液体を除いては何も見つけることができないでいる。水は電気の伝導体だ。水の比重が高いほど、そこを流れる電流の増幅も大きくなる。脳のなかで眠った状態にある部分では、液体の比重が高くなっているが、それは、高いレベルの思考の波動を強い電流に増幅し、さらに速いスピードでそれを全身に送るという目的のためだ。したがって、休眠状態にある脳の部分に多くの思考を蓄積すればするほど、身体は活発になり、動きも速く、その反応も深いものとなるのだ。脳の全体が使われれば、自分の身体をどうにでもできるようになる。あなたが受け取る想念の感情をすべて記録し、それをしっかりと抱いている魂を通じて、あなたの脳、それにそこから身体に向けて発せられる信号は、身体を自分の思考が決めるとおり、どんなものにでも創造していくことができるのである。



●もし脳がその能力いっぱいまで使われたとしたら、自分の身体を一瞬のうちに光に変えてしまうことができて、しかもその身体は永遠に生きるということをあなたは知っているだろうか? もしも手足の一部が失われているとしたら、あなたの脳はそれを再生する力があることを知っているだろうか? 完全に活動状態にある脳は、身体をわずか一瞬のうちに癒すことも、あるいは自分が望むどんな理想の形態にでも物理的にその姿を変えることができるのである。



●脳全体の能力は膨大なものだ。なのにあなたは、自分の限られた思考のせいで、そのわずか三分の一しか使っていない。残りはいったい何のためにあると思うのだろうか。何もない穴を埋めるためだとでもいうのだろうか。



●身体は、脳とあなたの思考全体にしたがって維持されている。自分の脳に入ることを許す想念は、すべて身体の全細胞に電気を送り、それを養っていくからだ。なのに、子どものときから、さらに社会意識でものを考えるようになってからというものは、成長しなければならない、老いていかねば、そして死なねばならないというプログラミングをあなたは容認してきてしまった。その想念を容認したために、自分の体内にある生命力の劣化が始まったのである。「年をとっていく」という想念は、遅い波動、低い波動の電気信号を各細胞組織に送るからだ。速度が遅いほど、身体の敏捷さも失われていく。身体が再生し、自己を修復していく力が弱くなるからだ。こうして年をとるという過程が起きることが許容され、最終的には身体の死が起こるのだ。だが、もし自分に波動の高い想念を受け続けさせれば、あなたはもっと速い、強力な電流を全身に送ることになり、身体は永遠にその瞬間にとどまることになるので、けっして年をとることも死ぬこともなくなるのである。



●いまのところまだ活動していない脳の部分は、単に知るということを通じて、身体のどんな部分でも、損傷のあったところを再生する力を持っている。自分の身体は自己治癒ができるのだと知った瞬間、その想念は中枢神経系を通してもっと強い電流を損傷部分に送り、各細胞のDNAに、自己の複製をつくって細胞を完璧に再生させるのである。完璧に、だ! 奇跡的なことだと思うだろうか。それがあるべき姿であり、まさに実際の姿なのだ!



●人間が、気の遠くなるほど長い間、必死に探し求め続けている限りなき神秘、この「神」なる宗教像は、いったい何なのだろうか。それは思考であり、思考を受け容れるという、思考自体がもつ力であり、それを受け容れることによって、思考自体がまた思考になり、成長していくという力のことなのである。神というのはそれだけのことなのだ。思考の総体、生の貴さだ。そして、あなたは自分の存在の内に、完全に神になる力を持っているのである。完全に、である。いまもしあなたの脳の能力が全開したとしたら、あなたはこの瞬間に永遠の果てへと行くことだろう。知ることができることはすべて知るだろう。あなたは太陽の色合いとなり、海の深淵、風の力、そして地平線に昇る星となることだろう。



<続く>




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by angelgarden33 | 2009-01-21 01:38 | スピリチュアル

「脳」って何?(2)


『ラムサ - 真・聖なる預言』から
「脳」について書かれた箇所の抜粋です。


●意識の流れからの想念は、あなたの存在の内でどういうふうに実現するのだろうか。想念がオーラを通ってくるとき、オーラはそれを定義するわけではない。想念に価値判断を下したり、変えたりせず、無限の状態のままでそれを通すのだ。やってきた想念が脳に到達すると、まず大脳の左上部、知性(あるいは理性)の機能が宿り、変性自我が表現されているところに移動する。



●さて、変性自我とは何だろうか。人間としての体験から得られた叡智が魂に蓄積され、脳の知性の部分を通して表現されているものだ。神なる人間が、ただ生き残る生き物として社会意識の影響下で生きているときの価値観の総体だと言える。そしてその世界観は、身の安全という概念の中に収まらない、つまりその存在の生存を確実なものとするために役立たないような波動の思考は、受け容れるのを拒んでしまうのである。変性自我とは、化身の内でさらに大きな気づきを持つために、すべての想念を受け容れ、それを心に抱くことを拒否する姿勢のことなのだ。



●変性自我によって脳の中に入ることを許された想念の波動は、電流に変換され、脳下垂体が起動させたその波動を蓄積する役割を持つ脳の部分に送られる。脳のその部分は、電流を増幅し、松果体へ送る。



●松果体は、あなたの中枢神経を司っている。個々の思考の波動を集め、それをさらに増幅して、電気的な思考のハイウェイとして脊髄の中を走る中枢神経にそれを送り込む。松果体から来た電流は中枢神経の内部にある液体(これは水である)を伝わり、脊髄を通り、そして個々の神経から全身の一つひとつの細胞へと伝えられていく。



●あなたの魂はすばらしい記録器であり、あなたの化身の内で感じられたすべての感情をきわめて科学的に記録する、まったくバイアスのないコンピュータなのだ。何か感情を感じるとき、あなたが感じているのは、想念があなたの存在のオーラに衝突し、脳を通して受け容れられて、中枢神経系を通って全身に送られ、それが身体中の細胞にある「感じ」を発生させたものなのである。すると魂は、将来の参考にする目的で、その感じを感情として記録する。これが記憶と呼ばれるものだ。



●魂は、全身で感じられた思考によってつくり出された感情を受けて、記憶の中からそれと似たものを探す。脳の理性の部分、皆が知性と呼んでいるものが、そのフィーリングを描写する言葉を選ぶのに使えるものを探すのだ。



●思考はただ脳だけで実感されるのではない。それは全身で実感されるのだ。脳の理性の部分が、その後でそのフィーリングを描写する言葉を作成させてくれるのである。



●ある想念を知ることは、まずそれを脳の中に受け容れ、感じるのを自分に許す、つまり全身でそれを体験することなのである。知識とは、あることを証明することではなく、それを感情で確かめることなのだ。



●思考は人生の体験をどうやってつくり出していくのだろうか。松果体は「知識を具現化させる」チャクラである。受け容れることを自分に許す知識は、すべて現実となる。まずそれは身体のレベルで起きる。松果体が、まず最初にその想念が感情として記録されるよう、電流として全身に送る役割を持つからだ。想念が限りなきものであればあるほど、体中を走る波動の周波数は高く、そして速くなる。つまり、体験する「ハイの状態」、あるいは体中を走る感覚がより強くなるわけである。そのフィーリングは、ある特定の波動として魂に記録される。魂に記録されたすべての想念のフィーリングが、今度はひとつの期待感として、オーラに向けて放出される。その期待感が、光の場の電磁部分を起動させ、ちょうど磁石のように、あなたの価値観や思考全体と似かよったものを何でも引き寄せてくるのである。それは、あなたの想念すべてから得られ、体験されたのと同じフィーリングをつくり出す状況であり、物であり、人であるのだ。なぜだろうか? あなたが自分の想念を三次元的な現実として体験し、その過程で得られる最高の宝でもある叡智を手にするためにである。



●あなたにはあるものすべてを知る力がある。それがもともとあなたの脳がつくり出された目的なのだ。物質次元で物質的な身体の中に生きる神が、自分で体験し、理解したいと望んだ神の側面については、すべて三次元に形あるものを通してそれができるようにするためなのである。あなたのすばらしいレシーバーを通して自分に知ることを許した想念は、すべて体験する現実となる。はじめは自分の化身の内に見えるものとして、次にはあなたの人生の状況として。そして、望んだことは、それがどんなことであろうと、知ることを通じてこれを一瞬のうちに自分の人生で具象化する力があなたにはあるのだ。そうやって、この地球上に天上の天国がつくられていくのである。



<続く>





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by angelgarden33 | 2009-01-20 13:58 | スピリチュアル

「脳」って何?(1)


『ラムサ - 真・聖なる預言』から
「脳」について書かれた箇所の抜粋です。


●脳の能力がすべて使用可能な状態になれば、身体をコントロールしてその波動の周波数を上げ、物質の周波数領域を出て、光の周波数領域に入ることがいつでもできるようになります。これは昇華と呼ばれているものです。



●想念は光という形であなたの脳に入り、今度はその想念の波動値によって異なる特定の周波数をもつ電気的な光の推進体へと変容するのである。



●何かひとつのものをあなたが意識するとき、あなたはその想念を受け取っている。想念を受け取っている瞬間に、あなたの脳がその想念の光を受け取っているのだ。通常は視界の横のほうでだが、ときとして光が炸裂するのを見る人がいる。そこで目にしているのは、ほとんどの場合、自分自身の精神が想念を受け取っているところなのである。目の前に輝く光が現れるのを見た瞬間というのが、想念がオーラの場に入り、脳の内部でその姿を見せた瞬間なのである。目を閉じたとき、さまざまな色の動きや、形が広がるのが見えるなら、あなたは想念が脳に入るときにどんな姿になるかを目にしているのだ。



●あなたの脳は、思考の電気的な波動を受ける大事なレシーバーであり、その各部がそれぞれ違った想念の波動を受け取り、蓄積し、増幅するようにできているのだ。各部分は、その細胞壁の内側にある水の比重によって、異なる想念を蓄積し、それを電気に変換する能力を秘めている。ある部分は、高い想念の波動だけを蓄積し、増幅する力を持っている。逆に低い想念の波動だけを蓄積、増幅できる部分もある。



●一般に信じられていることとは裏腹に、あなたの脳が思考をつくり出しているわけではない。脳は、意識の流れから思考がその内部に入ってくるのを許すだけなのだ。それは、あなたの存在の精神を通して入ってくる想念を受け取って蓄積し、電流に変換、増幅すると、それを理解できるよう実感するために、身体のあらゆる部分に伝達するという特定の目的のために神がつくり出した器官なのである。



●皆の持つテクノロジーに、ラジオと呼ばれるものがあるが、それには音量を決めたり、どのメガヘルツの周波数の電波を受信するかを決める調節器があるはずだ。脳もまた、同じような調節器を持った受信機であり、ある特定の周波数を受信するためには、それを蓄積するようにつくられた部分が起動されていなければならない。



●異なった波動の想念を受け取る脳の力は、ちょうど右脳と左脳の間に位置する脳下垂体と呼ばれる強力な調節器によってコントロールされている。脳下垂体は第七のチャクラとも呼ばれ、脳全体を司る。異なる想念の波動を受け取って蓄積するそれぞれの部分を起動させるはたらきをするのである。思考を用いて思索したり、論考したりして、その想念を身体全体にめぐらせ、体験として実感し、さらに大きな叡智を得るというあなたの力を開いてくれる扉なのである。



●脳下垂体はたいへん小さな、しかしすばらしい分泌腺であり、これを「第三の眼」と呼ぶ人もたくさんいる。でも、三つめの眼はない。頭の中にはそれが入る余裕もない。脳下垂体は眼のような姿さえしていない。洋梨のような形をしていて、小さなほうの端には口状の部分があり、それがちょうど花びらのように見える。あなたの脳は、この強力な分泌腺によって、複雑なホルモンの流れのシステムを通じ、支配され制御されている。内分泌腺である脳下垂体は、ホルモンを分泌し、そのホルモンが脳全体を流れて、いまひとつの内分泌腺で、脳下垂体の近くの大脳の基底の部分、ちょうど脊髄の上に位置する松果体の口状部へと流れていく。松果体は、想念を増幅して全身に送ることができるようにする機能を司っている。脳下垂体から松果体へのホルモンの流れが、異なった思考の波動を受け取るさまざまな脳の部分を起動させるはたらきをするのである。



●身体の諸機能は、内分泌腺から血液の中に流れ出すホルモンによって調和を保っている。その調和を保つのが松果体の役割だ。松果体のホルモンが他の分泌腺を起動させ、互いにバランスをとりながら各々のホルモンを分泌し、「ホルモン・バランス」と呼ばれるものをつくり出すのである。そのバランスのレベルは松果体が受け取る集合思考の波動によって決まる。思考の波動が高ければ高いほど、化身全体のホルモンの流れも多くなる。また、波動が高いほど、松果体は脳下垂体のはたらきを増し、そのホルモンの量を増やして、今度はそれがさらに高い波動の思考を受け取るよう脳を活動させるのである。



<続く>





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by angelgarden33 | 2009-01-20 01:14 | スピリチュアル

ちょっとした、不思議


心身がリラックスした状態にあるとき、
たとえば、ヒーリングのセッションを受けているときや
瞑想をしているとき、また、何かをしている最中であっても
脳のある部分がリラックスしているときに、
身体に不思議な反応が起こることがあります。
霊的なエネルギーに敏感な体質のようです。
ただ、幽霊を見たりとか、
そういう経験はほとんどないんですけどね。

不思議な反応とはどういうことかというと、
ヒーラーさんやスピリチュアルな友人と
魂レベルの楽しい会話をしていると、上半身(腕や背中)に
温もり感のある心地よい電流が流れる感覚を覚えたりだとか
(一瞬というのではなく、流れっぱなし状態、です)、
瞑想中に、紫や白、ブルー、グリーン、イエローなどの光が見えたり、
また、ふつうに生活をしているときでも、何の前ぶれもなく突然、
頭部(後頭部のときもあれば、側頭部、頭頂部のときもある)に
じんわりとエネルギーが響いてくることがあるのです。

なぜ、こんなことが起こるのでしょうか?
こういった現象には、どんな意味があるのでしょうか?
同じようなことを経験されている人はいるのでしょうか?
実際に自分の身に起こっていることだから、
その理由や意味するところを知りたくて、人に聞いたり、
自分でいろいろ調べたりするわけですね。

肉体的な反応だけではなく、
シンクロニシティがあまりにも頻繁に起こると、
その出来事の裏に隠されたメッセージを
探ってみたくなります。

根っから、謎解きが好きなのだと思います。
だって、楽しいでしょう!

旅行したあと、訪ねた場所のことをさらに深く
知りたくなるように、スピリチュアルな体験がまずあって、
そのあと体験の意味を理解したいと思うようになり、
どんどん知識を得ていくというのがパターンみたいです。
ごく自然に、そういう流れになっています。

最初に書いた、自分の身体に起こる反応に関してですが、
以前ブログで触れた『ラムサ』のなかの「脳」についての記述に、
こういうことではないのか、というヒントがありました。
ラムサの説明って、論理的であり、科学的であり、
ひじょうに細かく、つじつまが合っているように思います。
(すべての説明においてです!)
現時点ではすごく納得できます。
現代の脳科学と矛盾する点があるかもしれませんが、
最後に行き着くところは同じなんじゃないかなと、
勝手に推測するのですが……どうでしょうか。

というわけで、ラムサが脳について語っている箇所を
抜粋してみることにしました。
驚くほど詳しく語られています。


<次回に続く>




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by angelgarden33 | 2009-01-20 00:40 | スピリチュアル

今日はキラキラ輝く太陽の光と、
刻々と姿を変えながら流れていく雲が、
心のなかの埃をサーッと祓ってくれたような、
気持ちよいお天気に恵まれた阪神地方でした。

1月11日といえば、十日戎の「残り福」。
毎年、この時期、西宮神社の神様に、
新年のごあいさつに伺っているので、
やはり今年もということで、
「残り福」に行ってきました。

日曜日と重なっているからでしょうね、
午後遅めの時間帯でも、人、人、人…。
門から本殿まで、遠い、遠い。

ちょっと疲れましたが、
無事にお参りでき、満足!


神様に答えを求めてから
おみくじを引くと…
なんと大吉!
そして、書いてある内容は、
問いに対しての完ぺきな
答えでした。
いつもながら、神様、凄すぎ!


夜は夜で、冬の凛と透き通った空気に
輝きを増す満月がきれいですね!

本当にステキな一日でした(^-^)





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by angelgarden33 | 2009-01-11 22:22 | 神社探訪 | Comments(0)

探求


本を読みながら、気になった言葉を
ノートにメモする習慣があり、
もうずいぶん前に書いたそのメモのなかから、
今、自分のなかで起こっている <気づき> を
言い表すのにピタッとくる言葉を見つけました。

それは『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)に
引用されていた、T.S.エリオットのつぎの名言です。


我々は探求をやめてはならない。
そして我々のすべての探求の最後は、
初めにいた場所に戻ることであり、
その場所を初めて知ることである。



そう、これなのです!!




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by angelgarden33 | 2009-01-10 21:40 | 気づき | Comments(0)


ソシンロウバイ1












近くの公園を散歩中、
花の良い香りが漂ってきました。

いったいどこから…?

沈丁花の季節はまだ先だし…
では、いま匂っているのは何の花?

あたりを見まわすと、
黄色い花が目につきました。

えっ、これ?

ピンポン!
良い香りがします!


ソシンロウバイ2







「ソシンロウバイ」という花でした。
あとで調べて名前がわかりました。

風が冷たい冬の日に、
気持ちを明るくしてくれる、
黄色の可憐な花を見つけて、
うれしくなる私。

そうなのです。
ときどき寄る公園なのに、
ソシンロウバイの花が咲いている時期、
来たことがなかったのです。

人だけでなく、自然とも
こんな感じのすれ違いを、
いくつも繰り返しながら、
生きているのでしょうね。


たとえ、自分にしか意味を
持たないような、
小さなことであろうと、
新しい発見は
大きなよろこびです。

今年もいっぱい感動し、
豊かな心でこの一年、
過ごしたいと思います。




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by angelgarden33 | 2009-01-05 23:41 | 季節感 | Comments(0)