Miyo's blog 『光のワルツ』 miyogarden.exblog.jp

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☆今ここにある奇跡の光と共に☆ 花を贈るような気持ちで、日々の出来事や感動体験、映画『夢みる望遠鏡』のことなど、色んなことを綴ります♪


by 幸村みよ
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籠もよ


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籠もよ み籠持ち 
掘串もよ み掘串持ち 
この丘に 菜摘ます児 
家告らせ 名告らさね
そらみつ 大和の国は
おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ座せ
われこそは 告らめ 家をも名をも


コモヨ ミコモチ
フクシモヨ ミブクシモチ
コノヲカニ ナツマスコ
イヘノラセ ナノラサネ
ソラミツ ヤマトノクニハ
オシナベテ ワレコソヲレ
シキナベテ ワレコソマセ
ワレコソハ ノラメ イヘヲモナヲモ


これは、
『万葉集』の冒頭をかざる、
第21代雄略天皇の御製と伝える
妻問いの歌。聖婚歌。


最近、この歌が、
頭の中でリフレインしていて…


リズムがよくて、
何度か読むと自然に
覚えてしまいますよ、ね!


そして、
『万葉集』の二番歌はというと、
第34代舒明天皇の、次の国見歌。


大和には 群山あれど
とりよろふ 天の香具山
登り立ち 国見をすれば
国原は 煙立ち立つ
海原は かまめ立ち立つ
うまし国ぞ あきづ島 大和の国は



「ヤマ」「タチ」「クニ」
「ハラ」といった
音の連鎖が組み合わされ、
流麗な調和のとれた世界を
作り出していますね!

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学生時代に学んだ万葉集。
改めて、すばらしい歌集だなって。
見なおしています♪


『万葉集』は、
飛鳥時代から奈良時代
(7世紀後半〜8世紀後半)
にかけて編まれた、
現存する日本最古の歌集で、
約4500首におよぶ歌が
おさめられているのだけど、
作者は、天皇や貴族から、
広く無名の庶民にまで及んでいて、
しかもその編纂を行ったのが
国家というのがすごいですよね!
歌に登場する場所も、ほぼ全国!!


※編者については諸説ありますが、大伴家持の説が最も有力です。


まさに、万の言の葉を集めた、
万世に伝うべき歌集!
日本の誇りですね(^^)v


なぜ雄略天皇の聖婚歌、
舒明天皇の国見歌によって
はじまっているのか…?


その話は、また、次の機会に(*^-^*)



花鳥風月、男女の恋…
文学にチャンネルを合わせて
歴史をみると、ちがう景色が
見えてきて新鮮 ✩
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Commented by たぬき at 2014-07-16 21:45 x
天津祝詞の太宣詞。
Commented by angelgarden33 at 2014-07-17 00:08
☆たぬきさま
天津祝詞の太宣詞!なるほど!!

雄略天皇の聖婚歌は、人と五穀の繁栄・豊穣を予祝する性格の歌であったと見られています。「春」の歌であり、菜摘の「国見行事」における歌であったようです。そのリズムから、舞いながら、あるいは所作とともに歌われたのかもしれません。君主の妻問いによってまさに春が開かれる・・・すこぶるめでたい歌なのです!
Commented by angelgarden33 at 2014-07-17 11:50
『万葉集』の最後は、大伴家持の賀歌、天平宝字3年(759年)正月の

新しき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)(卷二十・4516)

初春の今日降る雪のように、吉きことが、もっともっと重なれ、という意味。

まさに万物の繁栄と豊穣を祈る歌で、冒頭の雄略天皇の歌と見事に響き合っていますね!

万葉集の編者がこの賀歌で全体を結んだことは、すばらしいと思います!そして「万世に伝えるべき歌集」そのとおりの道を歩んでいるのではないでしょうか!

万葉集というネーミング。聞き慣れて当たり前になっていますが、覚えやすく、どんな歌集かを一言で表していて、考えた方のセンスいいなと、いつも思います(*^-^*)♪
Commented by たぬき at 2014-07-17 16:12 x
わたしゃ唄心は全くありません(まぐれ当たりがタマにあったりは、、、)が

この和歌は臨時、危急の際には長々とした立派な祝詞、祭文よりも優れた効力(神通力)を発揮する正に太宣事、太祝詞となり得る。とか?
船が嵐に見舞われ最早これまでか?の刹那に龍神、海神等他に和歌を呈して危難を回避なさった話は良く聞きます?
ウチのじい様(漁師)の仲間のお話何かも凄いモノが有ります。
同様に風波に揉まれ転覆遭難しそうになって日頃信心する波切不動明王に大声で祈願したところたちまち風波は収まり事亡きを得た云々。摩訶不思議、、、
ア、、似た話が石屋神社を参拝なさった神功皇后にも有って、、、、
いざなぎやいざなみわたるはるのひに
いかに石屋(イワヤ)の神ならば神。
と吟じ給うと不思議とそれまでの荒天風波は収まった云々。
Commented by angelgarden33 at 2014-07-17 22:22
☆たぬきさま
それはすごいですね!
籠もよ…の歌に、そんな祓いの力が秘められているとは!
歌の中に、籠や串という言葉が使われているのが、気にはなっていました。そのままの言葉以上のものが、この歌にはあるなと。
妙に頭に残る言葉とリズム。場の波動を高めたり整える力はあるようには感じておりました。
学生時代からずっと頭を離れなかった歌。その謎が少し解けてすっきりしています(*^^*)

興味深いお話を色いろと、ありがとうございます!!
おじいさまの漁師仲間の体験談は、とくに説得力がありますね!!
Commented by たぬき at 2014-07-18 08:50 x
二番の御製には度々問題に成る行が有って、
大和、、、奈良盆地の香久山に登って国見したハズですが、、、
奈良盆地に国原、、、平原は有っても、海原はありません。
この天香山の場所がどこかで王権の本拠地が変わってきます?
天香山と同じ神様がいらしゃいます。
海部氏尾張氏等の始祖(二代)にあたる天香語山命 。又名を彦火明天香語山命。又、手栗彦(テグリ、、、大陸の草原の民の最高神様と良く似た御名前)。
天香語山と言う山が丹後国の一宮元伊勢籠神社の元社、奥宮の真名井神社(磐座がそこかしこに集合)のある山がソレ。
この天香山/天香語山からだと御製の国原、海原のどちらの要件も充たす事になりますが、、、
因みにオカルトなトリビアで天橋立(伊弉諾尊が高天原に通っていた梯子が一夜にして倒れて出来た云々)は
籠神社と真名井神社等の正式な参道ですが、
この天橋立の道筋をズーっと遥かに延長した其処には、、、何と、伊弉諾尊の幽宮伊弉諾神宮が有ります。
又同じライン上には元内宮と元外宮が並び立つのも不思議
(この角度は五角形(五芒星の点を結んだ五角形)の外角とほぼ同じ)
Commented by angelgarden33 at 2014-07-18 21:15
☆たぬきさま
当時、大和盆地のあちこちに池沼があったようで、それを海原とみなしていたのではないでしょうか。そこに大和川に沿ってユリカモメが飛来し、舞っていたと思われます。1300年以上前の香具山からは、きっと海原が見えていたのでしょう(*^^*)ちなみに辞書を見ると、海原には、広々とした海と、池や湖の広い水面の意味もあります。
天橋立〜元伊勢内宮・外宮〜伊弉諾神宮ライン、もちろん偶然ではなさそうですね(^^)v
Commented by angelgarden33 at 2014-07-18 21:33
『初期万葉』によると、国見の起源は、春のはじめ村落の首長が高みにのぼって郷土をはるかに見渡し、それに讃美と祝福の言葉を投げかけた呪術的行為に発するといいます。かつて、言(こと)は事(こと)であって、特定の機会に述べられたある種の言語はそのまま事柄の成就をもたらすと信じられていたそうです。

by angelgarden33 | 2014-07-16 01:31 | 万葉集 | Comments(8)